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2008年5月7日 更新 香川の老舗

手作りの技が支える伝統の銘菓「菓子木守」-三友堂 菓子木守で知られる高松市の三友堂は1872年(明治5年)創業、初代は松平藩に仕えた武士という。明治維新の後、仲間3人で菓子店を始めたので「三友堂」と名乗った。
その後創業に加わった2人が去り、初代の大内久米吉さんが1人で店を経営することに。店を代表する菓子となった木守を考案したのは、2代目の大内松次さんの代である。

その伝統は綿々と

菓子木守と茶の湯には深い関係がある。その昔、千利休が楽焼の祖・楽長次郎に焼かせた茶碗を門弟6人に与えたところ、最後まで残った趣のある赤い茶碗を気に入り、木守と名付けてことのほか愛したという。利休亡き後その茶碗は、利休の末裔が高松松平藩に仕えたことから高松藩に献上された。その茶碗に因み作られた菓子木守は、表面に和三盆を塗った麩焼きのせんべいが柿餡をはさんだもので、麩焼きせんべいの中央に押された渦巻き型の焼き印は、茶碗木守の高台を模したものだ。

良質の素材をていねいな手作業で昇華

「木守の作り方は、当時とほとんど同じ。大部分の工程が手作業です」と4代目の大内泰雄さんは話す。味の特徴でもある柿餡は、干し柿で作るジャムの質と味が決め手となる。「渋柿を加工した干し柿は、熱を加え過ぎると本来の渋みが出てしまう。熱のかけ具合には気を遣います」と5代目の英生さん。素材選びも同じだ。麩焼きせんべいは以前から高松市内の職人さんが手焼きで手掛ける。煎餅に塗る和三盆は、江戸時代から讃岐特産だった東かがわ市引田産のもの。できあがった柿餡をせんべいにのせる作業は機械を使うが、あとはすべて手作業。職人が創りあげた確かな素材と熟練の技が終結して、木守ができあがる。

和菓子をもっと身近なものに

嗜好は時代と共に変化する。最近は甘さ控えめが主流だ。「木守も以前と比べると甘さはやや控えめになりました」と泰雄さん。時代の流れを取り入れる柔軟さも必要と、季節のイベントを題材にした生菓子がウインドーに並ぶこともある。和菓子作り講習会で英生さんが講師をする機会も増えた。「スイーツブームで洋菓子が人気ですが、和菓子の良さを多くの人に知ってもらいたい。木守の伝統と、その一方にある親しみやすい和菓子。どちらもその存在を大事にし、発信していく必要性を感じています」。

※ (木守柿)
来年の実りを願って柿の木に実を一つ残す、昔からの風習

三友堂

  • 1872年(明治5年)創業
  • 1958年(昭和33年)有限会社となる
住所 高松市片原町1-22
電話 087-851-2256、087-851-2258
営業時間 8時半~19時半
定休日 無し(1月1日のみ休)

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