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2008年8月7日 更新 香川の老舗

「味は落とすな、儲けに走るな」初代の教えを守って112年「堅パン」-熊岡菓子店 歴史ある店構えと、昔から変わらぬ形と味の「堅パン」。午前中には売り切れることも度々という今も人気のこの菓子は、考案されて今年の11月3日で112年の歴史を刻むこととなる。

軍用食として誕生・堅パン

四国霊場第75番札所善通寺の西院仁王門わきにたたずむ熊岡菓子店は、1896年(明治29年)11月3日創業、名物「堅パン」の販売で知られる店だ。パンという響きから普段口にするパンを思い浮かべるが、食べてみるとその堅さに驚く人も多い。その堅さは、柔らかな食感に慣れている現代人には新鮮でさえある。
堅パンは初代・熊岡和市(わいち)さんが考案した。三豊出身で、当時大阪の菓子店松前堂の大番頭を務めていた和市さんは、軍用食の開発に携わった。日清戦争のころのことだ。日持ちがして、腹持ちもよいものという軍の要望に応えて作り上げたのが、堅パンだった。「当時は英語パンという名前だったそうです。フランス人の職人にヒントをもらったと聞いていますよ」と話すのは、3代目の妻である熊岡民子さん。

その後、健康状態を悪くした初代は帰郷、善通寺に旧陸軍11師団ができること、75番札所善通寺が近いことが決め手となり、現在の場所に店を構えた。その後軍の御用達として堅パンを納めることになる。

綿々と受け継がれる初代の教え

堅パンは味も形も、もちろんその堅さも当時のスタイルを変えていない。もちろん手作りのままだ。民子さんは「機械でするのは、焼き上げる時だけです」ときっぱり。小麦粉を練り上げて伸ばし、切って並べて焼き上げ、乾燥させてできあがる。取材は店頭部分のみ、堅パンの製造現場は秘密ということだったが、工程の一つひとつが時間のかかる作業なのだという。

効率を上げるには機械化が一番だが、今も手作りの姿勢を守る。そこには「味は落とすな、儲けに走るな」という初代の教えがあった。「厳格な人でしたね。私が嫁いだときには既に90歳の高齢でしたが、品質を守ることにかけては頑固でした」。戦後、物資が貧窮した際も決して闇物資に手を出すことをせず、調達できない期間は潔く休業としたという。

手仕事の味にはかなわない

時代は移り変わっても、堅パンを求める人は多い。県内の人はもちろん、店が善通寺の門前にあることから、四国遍路で訪れる県外からの客も立ち寄っていく。特に9月の彼岸から翌年5月の連休にかけて客は増える。中には知人に頼まれてと大量に購入していく人も少なくなく、5種類の堅パンは午前中に売り切れることも。

民子さんは「食べ物は味が落ちればすぐにわかります。儲けに走ると、品物はすぐに雑になる。112年続いたのは丁寧な仕事を続けてきたから。4代目となる息子も仕事に対しての姿勢は厳しい。初代が考案した味を次代に繋げてくれると確信しています」。

熊岡菓子店

  • 1896年(明治29年)創業
  • 1913年(大正2年)店を建て直し、現在の建物になる
住所 善通寺市善通寺町3-4-11
電話 TEL:0877-62-2644
定休日 火曜
営業時間 7時半〜18時半

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