本文へジャンプ

2009年2月5日 更新 香川の老舗

創業112年、表装と額装の専門店。伝統と創造の融合に、職人技が光る-落合美術店 4代目店主・落合範士さんは、日本古来の伝統的な表装と、西洋に起源を持つ額装の職人。
表装と額装の職人は通常、いずれか一方に特化しているが、両方を手がける落合さんは業界でも稀有な存在だ。高い技術力と豊かなアイディアで新たなオリジナルを生み出している。

物販専業から職人の店へ

創業は1897(明治30)年。初代店主・落合秀雄さんが、高松市丸亀町商店街で「落合美術店」を開業した。掛け軸や額縁などを販売し、ふすまや障子の張り替えも行っていた。 4代目の落合範士さんは大学卒業後、京都・東本願寺御用達の表具店「河尻尚古堂」に弟子入りした。3代目である父親の代まで、店は物販専業だった。「店の商いを見て、子どもながらに自分が作らないとお客様のご要望やクレームに応えられないと思っていました」。迷わず職人の道を選んだ。

「河尻尚古堂」は、創業350年の老舗。顧客には宮内庁や冷泉家なども名を連ねる名店だ。住み込みで6年間、朝から晩まで懸命に働いた。「当時、TVドラマ『おしん』が放送されていて、兄弟子と『うちの方が厳しいな』と話していたんですよ」と振り返る。「お客様の応対には教養も必要」という親方の教えを守り、仕事が終わると華道、茶道、書道を習った。「兄弟子からは『ここでどんどん失敗しておけ。自分の店では失敗が許されんぞ』という有り難い言葉をもらいました」と落合さん。一級表装技能士の国家資格も取得した。

額装を始めた、先見の明

1984(昭和59)年、落合さんは修行を終えて店を継いだ。「当時はバブル景気でラッセンやヒロ・ヤマガタらの版画が流行っていました。それで額も作れるようにならなくてはと思いました」。一念発起し、横浜とイタリアで額装フレームの技術を習得。700種から選べる額装オーダーメイドのシステムを独自に確立した。

店を継いだ当時、売上のほとんどは表具・表装によるものだった。ところが現在では、売上の95%を額装が占めている。
「住宅環境が変わり、床の間の無い家が増えました。法事などはホテルや飲食店で行い、自宅にお客様を招く機会も減っています。正月には日の出、夏には鯉といった掛け軸を飾り、季節のしつらえを大事にする風流も廃れつつある」と落合さんは分析する。

技術と発想で広げる額装の世界

時計、ブローチ、プロ野球選手のサイン入りボールやバット、食器、白ヘビの皮、鏡ーすべて、お客さんからの依頼で額装した中身だ。フレームも額装デザインも多種多様だ。落合さんの手にかかると、立体物も見事な額になる。独自の技術とアイディアで、平面を連想させる額の概念を覆す。
一般的にオーダーメイドは割高なイメージがあるが、落合さんの店では既製品と同じ価格設定だ。企業努力で実現した。

職人、そして商売人

「おしゃべりが好きなんですよ」と笑う落合さん。修業時代には“口八丁手八丁”と言われていた。柔和な語り口と流暢な話術。音楽、スポーツ、旅行と多趣味で話題も豊富。お客さんとのコミュニケーションを大切にする。

店の奥には工房があり、店内で額の組み立ての実演を見せる。作務衣を着て、お客さんを迎える。職人の店の演出だ。
店頭には、自身の写真とプロフィールを載せた大きな看板を掲げる。PRにもなるが、「失敗したら、『この人やで』と言われるから、自分への戒めにしています」。
この3年間で店を休んだのは7日だけ。ハガキサイズの小さな額でも無料で配達、設置する。店主として、サービス業として営業力の強化に努める。

オンリーワンを目指して

経済情勢は一層厳しく、個人消費の低迷が続くが、節約志向の一方で、自分にとって価値あるものは購入する“こだわり消費”の市場も注目されている。落合さんは、そこに商機を見い出す。「記念や思い出を残す仕事をしたい」と落合さん。オンリーワンの技術や商品で、心や生活に豊かさを提供する。そしてその先にある、お客さんの喜ぶ顔が見たい。

落合美術店

  • 1897年 落合秀雄さん、丸亀市風袋町から高松市丸亀町に出て、落合美術店を創業
  • 1978年 落合範士さん、「河尻尚古堂」に弟子入り
  • 1984年 落合範士さん、4代目店主となる
住 所 高松市丸亀町8-11
電 話 087-821-4040

ページ先頭へ

ページトップへ戻る