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2010年1月21日 更新 那須幹博の讃岐のほんまですか?

栗林公園2 日本を代表する畢竟(ひっきょう)の大名庭園・・・ 栗林公園が、なぜ多くの入園者を魅了するほど素晴らしいのか、日本を代表する畢竟の大名庭園なのか、簡単にのべてみたい。

1.広さ日本一

180の文化財庭園の中で日本最大の広さ。面積約75haは、東京ドーム16個分もの広大さ。

2.歴史日本一

生駒4代藩主高俊公の時代(1630年代)に、外祖父であり城造りの名人であった藤堂高虎(伊勢津藩初代藩主で史上最強の外様大名)の家来で、天才土木技術者の西嶋八兵衛が築庭して約380年の歴史を有する。

3.築庭期間日本一

高松藩5代藩主松平頼恭公まで、なんと約100年もの長い歳月をかけて築庭された。ちなみに岡山後楽園は13年、水戸偕楽園はわずか9年で完成している。

4.長寿のシンボルである「松」の数日本一

園内平地には、約1400本の松があり、そのうち手入れ松約1000本の樹芸は他に例を見ない。園内には、6本のお手植え松があるが、大正天皇が皇太子の時に訪れ植樹した掬月亭南のお手植松だけは、なぜだか手入れされていない。

5.日本一の鴨場

鴨引き堀が残る鴨場は全国でも5カ所しかなく、公園東門北に遺構が発見され復元された鴨引き堀は、幅、長さとも日本一の長さである。

6.数寄屋建築の第一人者・村野藤吾氏も絶賛した掬月亭

空から見ると北斗七星の形をしていたと言われ歴代藩主に愛用された掬月亭には、菱形格子模様の透かし床の間や和紙張り天井など、永遠のモダン意匠が残されていると絶賛。

7.エリザベス女王のおじのお手植松

「王冠を捨てた恋」で世界中を熱狂させたエドワード8世(現エリザベス女王のおじ)のお手植松がある。

8.三千家のひとつ武者小路千家の発祥の地

高松藩初代藩主松平頼重公が、千利休のひ孫にあたる千宗守を京都から招聘し約2年半茶道頭として登用。宗守はその後京都の武者小路で新しい流派を開設。別称官休庵は、高松藩の茶道頭を辞したことから名づけられた。

9.茶室 新日暮亭

江戸時代初期の様式を伝える茶室新日暮亭は、土間併設の全国でも珍しい茶室であり、露地も降蹲(おりつくばい)で稀少である。

10.作庭コンセプトは、道教の神仙蓬莱思想の具現化

道教は、仙人になり不老不死という永遠の命を手にすることを目指すもの。三島一連の池という地割の南湖と湖中の石組みの仙磯は、まさにその証左である。

那須 幹博

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