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2010年2月18日 更新 香川の元気印!

時代や環境が変わっても人と人の繋がり、信頼関係が一番大切です - ミノツ鉄工 「社長の写真を撮らせてください」と言うと、間髪をいれず「従業員さんを撮ってください」と返ってきた。「では、従業員さんと一緒に撮りましょう」というと、「そうしましょう」とミノツ鉄工株式会社社長の福岡祥子さんはうれしそうに微笑んだ。

創業から40年以上。浚渫工事や鉄鉱石などの荷揚げに不可欠なバケットの製造販売メーカーとして、今では全国シェア90%を占めるミノツ鉄工だが、最初は、手探り状態からのスタートだった。設計から開発、製造、販売まで経営者と従業員が一緒に苦労し、一丸となって努力を重ねて今の位置を勝ち取った。だから、社内では「会長」、「社長」と「従業員」という意識があまりない。大手メーカーというより、信頼で結ばれた家庭的な印象を強く受ける。

商売はいい時ばかりじゃない、その時の恩を忘れない

溶接の火花が散り、ハンマーで鉄板を叩く重い音、その中に鮮やかなオレンジ色の巨大な爪、「バケット」が浮かび上がっている。昔観たSF映画の一場面をふと思い出した。

「バケット」とは、クレーンの先端に装着し、浚渫工事用の岩石や船舶で運ばれてきた鉄鉱石や石炭などの荷揚げ作業に使うパーツのことを言う。ゲームセンターなどにある「UFOキャッチャー」の、商品を掴む部分を思い出していただくとイメージしやすい。

ミノツ鉄工は、会長の福岡繁芳さんが1968年に「三野津鉄工所」として立ち上げた。取引先からバケットの修理を頼まれたのがきっかけだった。最初はほとんど手探り状態。「あの時の苦労は並大抵ではなかった」と福岡さんは言う。原寸大の図面を描き、型を取り造る。相手先に納品しても不具合があれば持ち帰って改良する。この繰り返しだった。従業員全員が休みなしで取り組んだ。

しかし、このバケット生産も、景気の影響で中断せざるを得ない時期があった。この期間、造船業の下請けをしていたが、その造船会社が倒産。約1億円もの負債を抱えてしまう。ここからバケットで再起を図ることを福岡さんは決めた。

社長で福岡さんの娘でもある祥子さんは言う。「会長の教えは、『負債を抱えたときに助けてくれた取引先の恩を決して忘れてはいけない。そのために、お客様が喜んでくれるいいものをみんなで作るんだ』でした」

製品へのこだわりと人との繋がり

「下請けではいけない。小さくてもメーカーになる」この一念だった。しかし、莫大な負債を抱えての再起に必要なものは、従業員と一丸となっての努力しかなかった。福岡さんは製造だけでなく営業にも奔走した。知名度も実績も少ないメーカーは当初、相手にされなかった。ほとんどが門前払い。それでも毎日のように通った。

一方で、「10年同じものを作っていたらメーカーじゃなくなる」という思いから、バケットの開発にも力を注いだ。ワイヤー式のバケットは、油圧式とは違い、バケット自体の重量と「爪」の部分の角度によってその「掴む」能力が左右される。加えて、海水や重量のあるものを持ち上げるために強度も必要になる。このために素材にもこだわった。ミノツ鉄工では、神戸製鋼と提携し独自の鉄鋼「ミノツ400」を開発した。この「ミノツ400」は戦車の装甲よりも強度がある鋼板だ。これによって他社よりも寿命の長いバケットの開発に成功した。

一口にバケットと言っても、用途と装着するクレーンに合わせて造られるため、基本的にはオーダーメイドだ。顧客の要望を営業担当者がていねいに聞き取って、製造部門が的確に設計、そして熟練した従業員が微妙な部分の加工を行う。完成した製品は、強く長持ちするうえ、バケットの開閉部分からほとんど水が漏れないほど精度が高い。それでも製品の価格帯は変えない。こうした努力が顧客への信頼を勝ち取り、ミノツ鉄工の取引先は、北海道から沖縄までの日本全国と、中国やインドなど海外も含めて1000社に上り、バケット業界のシェア90%を占めるまでになったのだ。

こうして業界最大手となっても、ミノツ鉄工の経営方針はブレない。会社規模の割には決して多いとは言えない営業担当者や技術者が、納入した製品のメンテナンスに全国各地を常に飛び回り、修理が必要ならば取引先の仕事が止まらないように休み返上でこれにあたる。取引先との関係も結局は人と人、経営者と従業員も人と人、この信念が信頼関係を深めていった。「従業員さんは『信頼できる友』です」と社長の祥子さんは胸を張った。

会社を支える技術と、技術支える信頼関係

製造工程の中に、「曲げ」という作業がある。バケットの最も重要な角度に関わる微妙な曲面の加工だが、この部分は手作業で行われる。熟練した技術が要求される。ミノツ鉄工には、この作業を行う熟練工がいて最年長者は63歳だ。社長の祥子さんが子どもの頃から働いていて、可愛がってもらった記憶もある。そして何より、その仕事振りを見続けてきた。社長となった今でも彼らに対して絶大な信頼を寄せ、「友」と一緒に現場に立ち続け一緒に仕事をする。「普段は事務のおばちゃんなんですよ」と祥子さんは笑った。現場を最も大事にする会長の福岡さんの想いは祥子さんに受け継がれている。そしてその現場でも、熟練工から若い従業員に技術が見事に継承されていく。

ただ、この業界を取り巻く環境は決して順風というわけではない。祥子さんは今後、港湾や海運だけでなく海外との取引と、コークスやチップといった陸上での仕事が重要だと話す。このために最も重要なのが、これまでに育て上げた信頼関係である。最後に祥子さんは「これまで以上に従業員さんと相談し話し合い、納得できる仕事をしたい。その事によってお客様、そして従業員さんからも愛され続ける製品を作り上げたい」と語った。

ミノツ鉄工

所在地
香川県三豊市三野町吉津乙2039-1
TEL:0875-72-3205/FAX:0875-73-5151
http://www.minotsu.com/
資本金 1000万円
従業員数 60人
設立 1972年1月15日

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