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【PRIME PERSON】種まきから始める「脱」縮小市場 - 南海プライウッド 代表取締役社長 丸山 徹さん

日本経済が失速した。昨年の新設住宅着工戸数は78万8千戸。好調期の約半分だ。建築内装材の総合メーカー 南海プライウッド(株)も、和室天井材の全国シェアこそ80%を誇るが、天井材の販売量は和室が減って十分の一になった。

変化し縮小する国内市場で生き残るために同社は、市場規模3千億円といわれる収納材分野にいち早く参入、ユニット式収納材を開発して、販路の拡大に成功した。

「会社存続の方法は、シェア拡大、新製品開発、海外生産の拡大、の三つです」。淡々と語る代表取締役社長 丸山 徹さん(56)は、この三つを次々実現させている。将来にわたって原料材を確保するため、海外で種をまき、森を育てる植林事業も、その一つだ。

※(新設住宅着工戸数)
1996年 1,643,266戸
2009年 788,410戸
「国土交通省資料による」。

縮小市場でも需要は増える

ライフスタイルと共に住宅も変わる。和室は洋室に、畳はフローリングに、天井は木質からクロス張りに、そして押し入れはクロゼットに。タンスなどの「置き家具」が減って、建物に組み込む「収納スペース」が住まいの主流になった。

「和室天井材のシェアはトップですが、売り上げは全社の15%ほどしかありません」。天井材の売り上げが減って、1980年代後半から「収納材」分野に進出した。「最初に手掛けたのは押し入れの内部セットです。木目の印刷シートを張る天井材と、同じ技術が使えたからです」

手狭な家の中に物があふれて「整理・整頓・収納」の本が売れている。

「しまいこむだけなら『物入れ・押し入れ』で十分ですが、モノをしまうことをデザイン化した『収納ユニット収納材』が、女性の感性にフィットしたんです。需要は増え続けるでしょう」。キッチン、リビング、水回りなど家の「内装」に決定権を持つ女性は、「おしゃれ」に「便利」に「収納」することに、お金を使うと丸山さんは分析する。

原材料調達から販売までの一貫体制

1942年、祖父の故丸山庄太郎さんが合板会社(香川合板)を創業。55年、父の丸山修さん(87・現名誉会長)が、「南海プライウッド」を設立した。

「合板に付加価値をつけるために、合板に木目を印刷した紙をラミネートした『和室天井材』の製造を始めました」。経済成長期は住宅着工数も右肩上がりで、需要が一気に増えた。「当時、競合会社が20数社あったそうですが、コストや納期、商品力で優れていたので、だんだんシェアを広げて『和室天井材の南海』といわれるようになりました」

原材料の調達から、開発・製造・物流までの一貫体制と、支店や営業所を持たず、大手商社を窓口とした独自の販売体制が経営基盤を支えて、天井の南海は市場を制覇した。

シンプルモダン

収納材で他社と違うのが「異質素材」の組み合わせだ。「玄関やリビング、キッチン用のユニット式収納に、内部の棚は木質で、外部にアルミや樹脂パネルを使います」。異素材の組み合わせがさらに大型の新商品を生んだ。アルミと木質を組み合わせた「オープン階段」だ。軽快で、直線的なデザインが開放的な空間を創造するオープン階段は、若い世代に受け入れられた。

「ホームページを見て、工務店に注文するお施主様が多いんです」。木製より値段は3倍ほど高いが、売れるそうだ。「やっぱり決定権は、女性でしょう」。丸山さんは推測する。

※(シンプルモダン)
ガラスや金属、強化プラスチックなど無機質的な素材を使った、「単純で飾り気が無く、現代的」なインテリアスタイル。

不景気でも生き残れる経営

原材料の木材は価格変動が激しい。値段が安くなったとき大量に買い付ける木質住宅内装材事業は、投入した資金が現金で戻るまでに1年ほどかかる。

「例えばインドネシアで在庫の3、4カ月分を買うと、日本で製品にして1カ月で売れても、回収する手形は4カ月です。キャッシュフローが豊かでないとやれません」。南海プライウッドは自己資本比率88.9%(2010年3月期)、盤石な財務体質が強みだ。

「天井材で利益が出ていた時代に、先代社長が不動産や株に投資をせず、内部留保に努めたおかげです」。ピンチになっても生き残れる安全経営、先代が残してくれた遺伝子は、丸山さんにも受け継がれている。

※(自己資本比率)
総資産に対する自己資本の割合、上場企業の平均が30%台。

市場は右肩下がりでもニーズは増える

建築内装材の売り上げは、住宅着工数に依存する。

「成熟、多様化の時代、住宅着工数は右肩下がりですが、太陽光発電と燃料電池を合わせた省エネルギー、環境、耐震などの安心安全や、デザイン住宅などの感性追求など、新たな領域で市場のニーズは増え続けています。私たちが新しく開発できる分野は、むしろ広がっていると思います」

丸山さんは、早稲田大学を出てビクターで17年間勤め、今は当たり前になったコンパクト・ディスク(CD)の開発に技術者として携わった。

「新製品開発はトライ&エラーが当たり前で、成功確率は3割あれば良い方でしょう。開発しても売れないことも多いですが、失敗は成功のためのステップです」。失敗の効用に確信を持つ丸山さんにとって、住宅産業の市場規模は、依然として巨大で、すそ野が広い。開発の余地は無限だ。

森をつくる

2000年、原材料を輸入していたインドネシアに工場を建てた。人件費が日本の十分の一。現地の加工比率を高めて製造コストを下げるためだ。

「特注品や納期を急ぐもの、アルミ階段などの新製品は国内の志度工場で、定版の製品はインドネシアの工場で造ります」

熱帯雨林保護のため自然木の伐採が厳しくなった。06年、インドネシアの生産子会社を通じて、植林事業「ECO-RING SYSTEM(緑の循環システム)」を開始した。

現在40ヘクタールでファルカタという樹種の早成樹を植え付けている。8年以内に延べ425ヘクタールの植林地を循環活用して、伐採を7~8年周期で繰り返す植林事業の展開を計画している。

「原材料の安定確保と価格の安定、製品のコストダウン、現地での雇用創出、それに二酸化炭素削減にも貢献したいんです」。自然地域と共生する循環型事業のために森をつくる。1%でも2%でも「プラス成長、プラス環境」のために、「脱」縮小市場を目指して、丸山さんは種をまく。

※(生産子会社)
PT.NANKAI INDONESIA
資本金:5百万ドル
設立:2000年
所在地:インドネシア・スラバヤ

※(ファルカタ)
南洋桐。7~8年で直径40~50cmに成長するマメ科の植物。

街のぶらぶら歩き

丸山さんは主治医から、生活習慣病予防のために1日1万歩を目標にするよう言われ、昼休みのぶらぶら歩きと路上観察が日課になった。

「うどんを食べに、商店街まで歩きます。街の様子がよくわかります。車では気付かない、ざわめきやにおいを感じることができます」

店をのぞいて、陳列棚にガラスや金属を使っているのを見付けると参考になります。当たり前ですが、本屋には棚が多いので、つい書棚メーカーをうらやましいと思うこともあります」。意外な発見から、新しいアイデアが生まれるのが、楽しいに違いない。

最近のお施主様

一昔前なら、家を建てる前に住宅展示場へ行くのが普通だった。「ホームページのアクセスで、カタログ請求が増えています。最近のお施主様はインターネットで、家のデザインや収納プランなどを、ものすごく研究しています」

どんなカタログを要求しているか、どんな製品に反応しているのか、ホームページへのアクセスデータを商品開発の参考にする。今いちばん多いのが「収納材」で、2番目が「階段」だそうだ。

丸山 徹

丸山 徹
  • 1953年 高松市生まれ
  • 1977年 早稲田大学卒業
  • 1980年 日本ビクター(株)入社
  • 1997年 南海プライウッド入社
  • 2001年 代表取締役社長就任

公職

  • 2007年 日本プリントカラー合板工業組合 理事長
  • 2010年 高松商工会議所 常議員

わははネット

所在地
高松市松福町1-15-10
TEL 087-825-3615/FAX 087-825-3619
http://www.nankaiplywood.co.jp
設立 1955年
代表者 代表取締役社長 丸山 徹
資本金 21億21百万円
売上 91億円(単独:2010年3月期)
従業員数 367人(単独:2010年3月)
事業内容 建築内装材の製造・販売

沿革

  • 1955年 合板製造を目的に高松市塩屋町に南海プライウッド株式会社を設立
    資本金500万円
  • 1962年 天井板製造工場として高松市高松町に屋島工場新設
  • 1982年 インドネシアの工場と提携し資材取引開始
  • 1987年 押入れパネル等の収納材生産開始
  • 1995年 大阪証券取引所市場第2部(特別指定銘柄)に上場、資本金21億2100万円に増資
  • 1996年 収納ユニット「ウオールゼット」生産開始、資材調達拠点としてマレーシアに合弁会社SENTUHAMONI.SDN.BHD.を設立
  • 2000年 資材・製品製造拠点としてインドネシアに合弁会社PT.NANKAI INDONESIAを設立
  • 2007年 自由設計型システム収納材「オーダーズワン オオ」導入

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