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【PRIME PERSON】価格を上回る「価値」を見つける・発信する - 高松三越 代表取締役社長 兼 店長 辻村 武さん

買い控えと低価格志向が進む。百貨店を取り巻く経営環境は厳しい。地方百貨店は中心市街地衰退の影響もあって、存続の危ういところも多い。

1931年、三越が四国で初めて出店した三越高松店は、2006年、丸亀町壱番街に高級ブランド店をオープンさせ、本館もリニューアルした。売上高は91年度をピークに、昨年度は226億円に減少。今年4月、三越伊勢丹ホールディングスの地方分社化に伴い、地域事業会社の「株式会社高松三越」になった。

「すべてのお客様と真剣に向き合い、高松三越ブランドの明確化とブランド価値の向上を目指します」・・・・・・店長兼務で社長に就任した辻村 武さん(52)は、「もっと皆さまの三越へ」に挑戦する。

退路を断って地域密着

百貨店業界は、バブル時期にブランド戦略を展開した。「高級ブランドに頼って、商品提案の創意工夫を怠りました」。どこへ行っても同じような店が増えた原因だと指摘する。

「リーマンショックが低迷の原因ではなくて、体質に問題がありました」。百貨店はかつて、時代を先取りする生活と文化のリーダーであり、未来を発信する博覧会場でもあった。しかし、消費者主導になったトレンド変化のスピードに対応できなかったと分析する。

来年、高松三越は開店80周年を迎える。「WE LOVE 香川」を合言葉に、商店街や企業と連携してイベントを開催、地域の核の一つになる。それと共に優れた県産品を掘り起こし、特産品に育て地域産業を活性化させる取り組みだ。地域密着の具体化だ。

「高松で、お客様の声を聞きながら歴史を重ねてきましたが、まだまだ努力が足りません。全国展開の三越伊勢丹ホールディングスの商品力と、地元ならではの商品を組み合わせて、今まで以上に『もっと皆さまの三越へ』を目指します」

意思決定を素早く、優先順位を明確にして利益を出す。辻村さんをはじめ、ほとんどの社員が親会社から転籍して、退路を断ってのスタートだ。

痛みを伴う改革・改善

高コスト構造の体質を改善するためには、痛みも伴った。セカンドライフ特別支援制度で約60人の正社員が自主退職、賃金水準も1割ほど引き下げた。

「分社化で、以前は分からなかった最終利益が見えるので、コストを考えた商売ができるようになりました」

顧客ニーズのデータ化もスタートした。「販売サービス担当チーム」の新設と、伊勢丹との統合に伴うインフラ設備の一元化による「新情報システム」の活用だ。

「新しいシステムで、お客様が購入した品物だけでなく、素材感などの特徴まで分かるようになりました。いままでの三越はアナログというか、中途半端な情報で商売をしてきたと思います」。率直な欠点の認識と反省のことばと共に、販売戦略は、より具体化し加速する。

※(販売サービス担当チーム)
専従社員5人を配し、売り場のサポートや指導に当たる

地域特産品の開発

「高松三越と一緒にオリジナル香川県産品ギフトづくりに取り組みませんか」・・・・・・優れた県産品と出合うために、意欲的な県内の事業者や生産者への呼びかけだ。6月7日締め切りで11件の応募があった。

「三越は、年間50万個ほどの中元・歳暮ギフト商品を売ります。その力で、地域の活力を支援する新しいモノづくりの提案です」

地元の優れた産品を見いだして、知名度アップと販路拡大を図る。「価値」の目利き力と発信力を「地域密着」に具体化させたものだ。

よりお客様の近くへ

入社5年目、高松店長付SMD(ストアマーチャンダイザー)担当、店舗づくりのプロデューサーになった。

最初に手掛けたのは、食品ギフトコーナーの改修だった。ケースの中に並べていたギフトセットを、大きなテーブルにオープン陳列して、かつお節を削らせた。

「売り場担当者からしかられました。『食品はお客様に近いほうがいい。かつお節のにおいは食品売り場の魅力になる』と説得しました」

ギフト商品を主に売るサテライト店舗を、丸亀、坂出、観音寺、三本松に出すことになって、用地の決定から店舗デザイン、商品選びまで任された。

お茶やのり、コーヒーや紅茶と、品目ごとに並べるのでは面白くない。寝具は「リラクシングギフト」、毎日食卓で使うものは「デイリーライフギフト」、生活のシーン別に陳列した。

「人のまねはしたくない、前例を破りたいと、試行錯誤を重ねました」

三本松店は、三越版の高級コンビニをつくろうと、京都の料亭から総菜を毎朝クール便で運び、高松店のギフトでは売らせてもらえなかった海外高級ブランドのアイスクリームを売った。

※(ストアマーチャンダイザー)
store merchandiser。新商品・サービスの開発や調達を通じて戦略的に店舗開発を行うこと。

商店街と共存共栄

銀座店と鹿児島店で約10年間、店舗開発のスキルを磨いた。1998年、新館増床プロジェクト担当として戻ってきた辻村さんは、2006年、三越が店舗出店を決めた壱番街の開発にかかわった。

高松三越は壱番街の出入り口にある。横の立体駐車場は、駐車場の少ない丸亀町商店街が三越の土地に建てたものだ。丸亀町再開発との連携は、中心市街地の再生にも、高松天満屋までの「ショッピングモール構想」論にもつながる大きな発想だ。

価格を上回る「価値」を

「一部の百貨店のように『ユニクロ』を入れようとか、スーツを1万円で売ろうとは考えていません」。値決めは経営の根幹。低価格志向のなかで、三越はあえて難しい戦略を選択した。

「日本でも5、6年前から『ロハス』ビジネスが注目されて、『もうからない』と思われてきた環境・エコ商品市場が広がり始めています。少し前まで、ゴルフウエアはポロシャツスタイルが定番でしたが、身体にフィットした、冬に暖かい、夏に涼しい化学繊維のインナーシャツを着るゴルファーが増えています」

ライフスタイルに合う商品や機能性に「原価はいくら」ではなく、価格を上回る「価値」を認める消費者が増えている。

「そういうものを探してくる、あるいは作ってもらう。大事なことは『価値』をお客様に伝えられるかどうかです」

百貨店業界がブランド導入に頼り過ぎた反省を込めて、「価値」の目利き力と発信力を鍛える。前例や慣行にとらわれず三越のブランド力を再生する。

「子どもの頃の、あの楽しかった高松三越は取り戻せませんが、存続発展させることはできます」。高松三越への愛着が、辻村さんのエネルギーだ。

※(ロハス)
健康や環境問題に関心の高い人々のライフスタイルを営利活動に結びつけるために生み出されたマーケティング用語。

10年かけてスキルを磨いた

丸亀市出身の辻村さんは、香川大学を卒業後、三越に入社した。「いきなり地元の高松店に配属されました。結婚して子どもができて、家を買ったら半年で銀座に転勤です。それから約10年間、高松店に戻るまで自分の家に住めなかったんです」

高松ではおもちゃや婦人靴、ハンドバッグ売り場などを経験した。三越に初めてSMDの担当部署ができて、各部から若手の社員が選ばれた。

「みんな右も左もわからず、各店の事例を参考にして自分たちでつくったノウハウは、粗っぽく、レベルが低かったんです。食品売り場のオープン陳列や、三本松店の高級コンビニは、時代のニーズを先取りできず、半年で取りやめになりました」

「人のまねをしたくない、前例を破りたい」と試行錯誤を重ねた辻村さんは、かつての失敗を忘れず、新しい試みにチャレンジする。

辻村 武

辻村 武
  • 1957年 丸亀市生まれ
  • 1982年 香川大学経済学部 卒業
    株式会社三越 入社(高松店 服飾趣味雑貨部)
  • 1986年 株式会社三越 高松店 店長付
  • 1989年 株式会社三越 銀座店 服飾雑貨部
  • 1993年 株式会社鹿児島三越 出向
  • 1998年 株式会社三越 高松店 増床プロジェクト担当
  • 2009年 株式会社三越 高松店 店長
  • 2010年 株式会社高松三越 代表取締役社長 兼 店長就任
  • 現在に至る

高松三越

所在地
高松市内町7-1
TEL 087-851-5151
事業開始日 2010年4月1日
開店年月日 1931年3月17日
社長 代表取締役社長 兼 店長 辻村 武
従業員数 約500人

沿革

  • 1931年 株式会社三越 高松店 開店
  • 1945年 空襲で全館焼失
  • 1948年 全館修復完成
  • 1968年 新店舗完成
  • 1999年 新館開店
  • 2006年 丸亀町壱番街東館出店
  • 2010年 株式会社 高松三越 事業開始

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