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2010年7月15日 更新 香川の元気印!

存在価値のある問屋であり続けること - 松浦唐立軒 「お菓子」と聞くと、遠足とかおやつとか・・・・・・。齢を重ねた今でも子どもの頃の思い出に欠かせないものであったりする。


お菓子とは・・・・・・

「家族や友達が集まって話をしながら食べるコミュニケーションツールの一つであったり、幼い子供の目を輝かさせるもの、おこがましいかもしれませんが夢の一部分であったりするんですよね」と株式会社松浦唐立軒の代表取締役社長、松浦康隆さんは少し照れながら話した。

幼い頃の夢、倉庫いっぱいの「お菓子」

住宅街を抜けると巨大な倉庫が現れる。ここから全国各地の子供たちから大人まで楽しめるお菓子が発送される。倉庫の中は想像よりも静かだ。整然と並ぶ棚には段ボールに詰まったお菓子が天井近くまで積まれている。その棚と棚の間で商品名と数を確認しながら従業員が黙々と出荷の準備を行っている。

大人買い・・・・・・

これだけ大量のお菓子が目の前に並ぶと思わずそんな衝動に駆られる。懐かしさと高揚感が入り混じった感覚だ。松浦さんが言うように確かに学校や家族のイベント事には必ずお菓子があった。そこにお菓子を届ける元が「問屋さん」なのだ。

「問屋さん」を取り巻く厳しい環境

1960年代、その「問屋さん」の取り巻く環境が大きく変わった。日本やアメリカの学者が唱えた「問屋無用論」だ。これは大型スーパーや全国展開のコンビニエンスストアが主流となり、卸の持つ物流機能までも小売り側が持つ。結果、製造と小売りの間での直接取引が可能となり、卸業が縮小し無用となっていくというものだ。実際、現在でも大手スーパーと主要菓子製造メーカーは直接取引を行っている。

しかし、ある時、松浦唐立軒に大手スーパーから商品の発注があった。卸抜きの直接取引をしているスーパーが何故?不思議に思った松浦さんが担当者に尋ねると、「今すぐ商品が欲しいが、取引先が休みで手配ができない」という答えが返ってきた。小売の組織化による盲点だった。この時、松浦さんは思った。「休みでも少ないロットでも得意先のかゆい所に手の届く、手間暇かけた商売をする。大手との競争に勝ち残るには労働環境が悪くなってもこれをやるべきだ」と・・・・・・

自社開発のお菓子

もう一つ大きな転換点がバブル崩壊後にやってきた。当時、売上高約700億円という全国でも最大手の問屋が倒産した。当然流通は混乱するはずだった・・・。しかし、1か月もすれば何事もなかったように商品が小売店に並んでいた。それを目の当たりにした時、松浦さんは・・・・・・

問屋ってなんなんだろう。あんな大きな問屋がなくなっても関係ないのか。誰も惜しんでくれないのか」と思ったそうだ。

みんなに惜しまれる問屋に、会社になりたい。存在価値のある会社でありたいという想いから始めたのが自社開発の「お菓子」だ。スタートは約10年前。オリジナルの企画商品として最初に作ったのは、地元の醤油メーカーや酒造メーカーなどの協力を得た「しょうゆあめ」「酒あめ」「ワインあめ」だ。その後、「うどんスナック」など四国の食材を使ったお菓子を続々と売り出した。最新作は、小豆島のオリーブの果汁を使った「オリーブグミ」だ。また、2年前からは社内に「商品提案箱」を設置し、担当者以外からも広くアイデアを募集している。

存在価値のある、必要とされる問屋

オリジナル商品の売上は会社全体の2%程度だそうだ。しかし、松浦さんは言う。「オリジナル商品だけで食べていこうとは思っていません。あくまでも軸足は卸売業であって、かゆい所に手の届く会社、必要とされる会社であり続けなければならない。その中で特徴を出すためのオリジナル商品なんです」

そして、最後に松浦さんは・・・・・・

「市場がこれ以上広がらない今、我々の業界の環境はこれからも楽にはなりません。でも、薄氷を踏む思いで危機感、緊張感を持ってやっていく、厳しい環境の方がいいんです。それが商売を継続していく力になるんです」と加えた。

存在価値を高めるオリジナル商品

地元四国で全国に通用する商品をと開発されたオリジナル商品。できるだけ食材本来の味と香りを生かそうと、香料や添加物を極力使わないよう心がけている。

松浦唐立軒

所在地
本社
高松市松並町1009-4
TEL:087-866-1811/FAX:087-865-5391
http://www.matsuura.net/
資本金 3500万円
従業員数 58人

沿革

  • 1924年 創業
  • 1951年 株式会社に改組
  • 1994年 創業70周年
  • 1999年 独自開発の管理システムの再構築
  • 2010年 経済産業省のIT経営実践企業に認定

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